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面白そうなものをとりあえず見に行く人生になって早数年、観劇&イベントメモブログ。
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2015.10.24  「地を渡る舟 -1945/アチック・ミューゼアムと記述者たち-」 初日観劇感想 <<21:40


金曜夜、仕事終わりにてがみ座の「地を渡る舟」初日を観劇してきました。
ブログを書くのに一日空けたんだけど、それでもまだ、うまく感想を言葉にまとめることが出来ないでいます。
観終わった後、すぐには席から立ち上がれない経験を久しぶりにしました。

*以下、劇中の内容にたくさん触れますので未見の方はご注意ください。



アチック・ミューゼアム。
澁澤敬三が自宅の離れに設けた、民俗学の若き研究者たちの集う部屋。
舞台はアチック・ミューゼアムを中心に進むけれど、そこは日本のあらゆる場所に通じていた。
最終的には、時までも超えて。

この舞台の中心人物は、戦時中の激動期に日銀総裁をつとめた澁澤敬三と、
彼に請われて大阪から東京へ研究のために移り、
アチックの中心人物となっていった宮本常一の二人です。
常一を演じる清水さんと、澁澤を演じる俵木さんの演技が、もう本っ当に、素晴らしかった。
いやお二人だけでなく、舞台に立っていらっしゃる皆さんが全員ものすごかったです。
登場人物の全員が、本当にその場に「生きている」って感じざるを得なくて、
傍らから彼らの人生を眺めている気分になりました。
ただ観ていることしかできないことが時に歯がゆくなるくらい、とにかく生き生きしていたんです。

仲間と熱く議論しあい、ひとつのものを共有し合っている時間の笑顔。
高い実績をあげて認められたい功名心と、それを実現できないことからの他者への妬み。
時代の波に飲み込まれ、自分の立場や現実と、理想との板挟みになる上での葛藤。
誰よりも近しく分かり合えるはずの存在なのに、すれ違ってしまう哀切。
喜びも苦しみも、いろんな人の、いろんな感情が、波のように舞台から溢れていました。
その本物の手触りに、何度となく涙が出ました。


物語のスタートは1945年、戦争が終わる直前の夏、東京。
空襲で焼け出された人たちを受けいれるために、
澁澤邸は広い敷地を提供することになり、
研究者たちという主を失い閉じられていたアチック・ミューゼアムの部屋も、その対象になる。
女中頭の志野にアチックの片づけを命じられるも、
女中のりくは「ここはすぐに学問をはじめられる場所なんです」と、ためらいを見せる。
何かを思い返すように、机の上のノートを取り上げてはじっと見つめているりく。
そこへ、ふらりと宮本常一その人が帰ってくる。
どれほどぶりだったのだろう、彼の姿を見たりくは「幻じゃないんですよね」と言葉を詰まらせる。
焼け跡となった東京の中を歩き、彼はアチックに戻ってきた。
理由は陸軍省からの出頭命令を受け取ったこと。
日銀への出勤前だった敬三と再会を喜び合うのもつかの間、
「何かあったら私の名前を出しなさい」と敬三に言われ、陸軍省へ向かおうとする常一を、
りくは思わず呼び止めて「約束、覚えてますか」と問いかける。
常一は答える。「約束?---ああ。待っちょってくれ。もうちょい。」

そうして出て行った常一を見送り、再びノートを手にとったりくは、一人つぶやく。

「アチック・ミューゼアム、1935。」

その瞬間、舞台はものすごい勢いで転換を始めます。
縦横無尽に行き交うたくさんの人。
1930年代の日常の風景を構成するような姿の人々が舞台を駆け抜けていく間に、
資料がぎっしりと詰まった「アチック・ミューゼアム」の在りし日の姿が、徐々に形作られていきます。
みつやさんが舞台の転換稽古について何度もブログで触れていたけど、
転換ってこういうことだったのか…!って納得しながら、ただただ見とれてしまいました。
上手から下手から、時には斜めに、かなりなスピードで移動する中で、
みんな手に手にいろんな小道具を持っては配置を繰り返し、背景を作り上げていく。
場面の転換、セットの構築を単なる作業にするのではなく、
物語の時が1945年から1935年に移っていく様子が、ひとつの見せ場になっていました。

そうして時は戻って1935年、アチックに初めて宮本常一がやってくる日から改めて物語がスタートします。
ここから時間軸で場面すべてに触れてしまうと大変な分量になるのでそれはやめますが、
なんといったらいいのか…すべてのシーンに込められた思いや情報の量がものすごくて。
でも決して肩に力が入っているわけではないんです。
語り口はあくまでも自然に、流れるようで。
やりすぎず言いすぎず、でも伝えたいことはしっかりと込めている、
長田さんの脚本が本当に見事なんだと思います。
まっすぐなまなざしで、アチックに集った若者たちや敬三、彼らを取り巻く人々をみつめ、
一人ひとりの生きる姿を浮き彫りにしてみせる。
彼らには色んな事情がある。それぞれの信念がある。
そこに時代の要請も付きまとい、曲げたくないものを曲げてしまったり、手段を選ばなくなってしまうこともある。
その様子を丹念に、突き放すことなく、でも寄り添いすぎず、
観察者に徹して作られている物語。って言ったらいいのかな。
観る側の視点からすると、ごく自然に作品に感情移入が出来たので(それもいろんな登場人物に)、
物語に引き込む手腕がほんとうにすごいなと思いました。
多分観る人の年齢や性別や立場で感じることは種々様々だと思うのですが、
誰の心にも絶対にひっかかりを残せるようにできていると思います。
そして1945年という年号が示すように、
太平洋戦争の真っただ中の日本を舞台にする以上避けられない時代の描写にも、
とことんまっすぐに立ち向かっていて、でもやっぱり余計な力は入っていなくて。
なかなか向き合うことが難しいテーマが、
自分に地続きのものとして、すっと心に入ってきました。
複雑な色合いの、時間をかけて丹念に織り上げられた一枚の織物みたいな作品。
ほんとうに、いったいどうやったらこんな脚本が書けるんだろう!?って、
最終的には長田さんに興味津々になってしまった。笑


そしてもちろん、役者の皆さんが見事でした。
とくに自分が女性だからだと思うんですが、
敬三の妻の誉子、女中頭の志野、女中見習いのりく、アチックに通う一員のかつら、常一の妻の真木。
彼女たちにとにかく泣かされました…。泣いたシーンのほとんどが女性絡みかもしれないな。

忙しい仕事の合間はアチックにかかりきりで、
家庭をあまり顧みない敬三に向けて様々な思いをため込みながらも、
岩崎家の娘としての誇りを全うし、さらにその中で深く敬三を慕う、誉子の気高さ。
格式高い澁澤家の敷地内で大騒ぎを繰り返すアチックのメンバーに手を焼きつつ、
家全体を家族のように大切に思い、心を込めて支える志野のあたたかさ。
戦争での日本の戦いを無邪気に応援しながらも、
アチックのメンバーが散り散りにならざるを得ない状況の中、
知らず知らずの内に大切な場所を守る強い思いを身につけていく、りくのまっすぐな心。
底抜けに明るく、常識にとらわれない豪胆な振る舞いをするけれど、
生まれを理由に愛する桐生とは結婚という形で添い遂げることを断る、かつらの切なさ。
民族学に憑りつかれたように突き進む常一の傍らで、
何よりも「生き抜く」ことを全うしようと願う、真木の強さ。

色んなシーンを思い返しては、涙が出てきそうになります…。
土台に素晴らしい脚本があって、その上に役者の皆さんの演技がしっかり噛み合わさると、
演劇って無敵の表現方法だなぁって実感しました。

演出や美術も見ごたえたっぷりでした。
日本を歩き通す常一が、島根の山の中で松太郎というお爺さんに出会う場面。
それまでの場面で使われていた、様々な高さの椅子を、
農民の格好をしてうずくまった人たちが順繰りに二人の足元へ持っていき、
高低差のある中を歩いている様子を表現していました。
その動きから生まれる躍動感みたいなものもすごかったけど、
それだけじゃなく言葉を発さずにただ「うずくまる」農民の格好の人たちが、
無言だからこそ、異様に存在感があって。
「名もなき人」でくくられるのかもしれないけれど、彼らの生活の営みがなければ、
この世界は成り立たないということを、無言で訴えかけられている気持ちになりました。

また、先ほど触れた場面転換は話のところどころに行われるんですが、
圧倒されたのはラストシーンでした。
戦争が終わった後、ごった返す人ごみの中東京駅でおち合う、旅支度をした常一と敬三。
「これじゃいつ列車から振り落とされるかわからん」という敬三に、
常一は「かまいません。それでも。振り落とされたら歩いていけばええ。」と答える。
そうか、歩いて。と笑顔を交わす二人は歩き始め、やがて喧噪のなかに消えてゆき、
舞台上には冒頭のシーンのように、たくさんの人が行き交う。
と、その中に、スマートフォンをいじりながら歩くスーツ姿のサラリーマンが混じっている。
あれ見間違いかな?と目を凝らすと、ランナー風の格好をした男の子や、
池袋の街角にいそうな、ティッシュを配っている女性…
どう見ても今の日本にいるような人の姿が、雑踏の中に徐々に増えていく。
その中にはかわらず、絣の着物を着ている人がいたり、柳行李を抱えている人もいる。
人々の合間に時間そのものが交錯し、今がいつなのか、一瞬分からなくなるような感覚ののちに。

そうだ、この「今」は、「あのとき」からずっとつながっているんだ。

私たちが立つこの時間は、常一や敬三、アチックのメンバーたちが追い続けた、
名もなき人たちがつみ重ねた時間のつながりの先にあるんだ。
そう静かに告げられた思いで、客席で鳥肌が立ちました。
あの感覚はちょっと忘れがたいものになりそうです。

言ってしまえば決してお金になるとは言えない、
民具や方言を集め、記録する「民俗学」に心血を注いだアチックの若き研究者たち。
仮に今の日本で同じことをしようとしたら、そこにはどれほどの価値が見出されるだろう。
そんなことに何の意味があるんだ、と、昔以上に一蹴されてしまうんじゃないだろうか。
そもそもすべてが均質化されていった戦後の日本では、
敬三が劇中で「時間がないんだ」と言ったように、もはや成立しえない学問なのかもしれません。
経済的なゆたかさに繋がらない、ただそれだけを理由に、
「そんなものには意味がない」と片づけてしまうことの恐ろしさ。
今この時だから余計そう感じるのかもしれませんが、
どうかそんな風な判断しかできない国になりませんように。と願いました。
国立大学の文学部に意味がないなんてそんなことを言わないで。


最後のさいごにみつやさんについて!
演じていたのはアチックの研究者のひとり、吉永くん。
ちょっぴり偏屈なところもありそうな、線のほそいインテリ、
でもきっと育ちの良さからくるのだろう他者への優しいまなざし。
みつやさんらしいなぁと思う表現で、そしてとてものびのびと演じていました。
どこにいっても、ちゃんと自分の引き出しに新しいものを詰め込んで、
しっかりと板の上に立つ姿を観ていると、本当にしあわせな気持ちになります。
いつもいつでも、応援していて良かったなぁと思わせてくれる俳優さんです!

アチックが解散せざるを得ない状況となった時、
「田舎へ帰って令状を待ちます」と涙をこらえた笑顔で言う吉永くん。
きっと自分は死ににいくことになるという予感を抱えながら、彼は敬三に告げる。
「今、多くの日本人が経験する、その同じ体験をこの身でもって識る。
これ以上の役目がありますか?…行かせてください、先生。」
東大卒ではないことにきっと少なからずコンプレックスもあったのだろうけど、
民俗学を愛し、先生を尊敬し、仲間を大切にし続けた吉永くん。
彼だからこその決意だったんだろうな。
そんな優しい人たちが悲壮な思いで大事なものから引き裂かれることの理不尽さに、
心がぎしぎし痛みました。
やるせなさを笑顔でおいやろうとでもするように、櫂を取り上げ花祭の踊りをはじめる敬三に、
アチックのメンバーたちが大声で応え一緒に踊りだすシーン。
踊りながら叫ぶ吉永くんは涙をこらえたぐしゃぐしゃの表情で、胸が詰まりました。

そしてみつやさんの劇中ビジュアルは…良すぎました!
(※ここで当ブログのトーンはいきなりカジュアルになります)
もうそれは。。。とてもとても…麗しかったです…(´;ω;`)
冒頭から書生スタイル!はかま!そんな、、なんて似合すぎる!!!
他にも白い半そでシャツに黒いズボンの学生スタイルの若々しさだったり、
とにかく爽やかで素敵でした、みつやさん。
あと途中で出てくるまっしろいおねまきの浴衣がはだけているのは悲鳴ものです…
白が似合ううえに浴衣だよ。無理だよ。かっこよすぎか~~!
みつやさんの和装ってほんっとに恰好いいよね…真田十勇士の時もそうだったけど、
ほのかにだけどしっかりと香る色気が。かっこいい。。(しか言えないのかよ)
あとね、ラケット握ってサーブ打ってたのでやはり動揺せざるをえなかったりするよね。
(※みつやさんを今作で初めてしった人向けに…
彼はミュージカルテニスの王子様で6代目不二周助を演じています)
なんていうか、ちょっと嫌味のある頭&育ちのいい役やらせると、ほんとうにはまるよね!!

そしてこれだけは言わせてくれ!
「最後のあそこ…ブログで言ってた衣装パレードって、それかよ!!!!!」でした笑。
たぶん劇場にいたみつくらさん全員の意見が一致することろではなかろうか…
なして?数ある私服の中からなしてそれを選んだし!?っていう。
終戦直後の東京駅から現代日本に徐々に場面が切り替わっていく、さっき述べたラストシーンです。
みつやさんが着て出てきたのがたしか去年?のブロマイドで着てた、
自分でリメイクしてけっこう派手に切り刻んだトップス+黒×蛍光イエローのキャップでね。笑
見覚えが。既視感がありすぎるんですよ!!笑
それでステッカーべたべたはったキャリー引いて最終的にはセルカ棒で自撮りし始めるからさ、、
ものっすごく感動してるのに、急に笑わざるを得なくなる状況に…
ある意味演出はまりすぎです。。。笑
目の前でセルフィーきめるみつやさんにはほんと笑ってしまった!
なんでその衣装にしたんだよう!って思いはしたんだけどさ、
みつやさんのブロマイド用の衣装ってかなり個性的だから、
私服を衣装パレード用に選んで持って行ったとして、
派手なやつを着てほしいというのが演出の意図ならば、
きっとどれが選ばれてても「それ知ってるやつ」になるから、まぁご愛嬌かなと。
うん、可愛かったのでいいと思います。笑
めっちゃ渋谷のスクランブル交差点あたりで自撮りしてそうだったもの。笑


75分あたりで10分休憩あり、トータル2時間半の演目でした。
確かに長いけど中だるみを感じることもなく、
本当に見ごたえがあり、素晴らしい作品でした。
年齢問わず色んな人に見てほしい作品だなぁと思います。
まだまだ触れたいことたっくさんあるんだけど、、陸軍大尉の比留間とか、、
長くなりすぎたのでとりあえずここまで!
いっつも思うんだけど、書きながら考えをまとめるタイプなので、
冒頭で「感想がまとまらない」と言ってるくせに最終的にはえらい長文になるという…笑
お付き合いくださった方ありがとうございました!

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